大判例

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東京高等裁判所 昭和22年(オ)18号 判決

上告人 控訴人・原告 掛札ヤス 外一名

訴訟代理人 前田龜太郎

被上告人 被控訴人・被告 掛札久右衛門

訴訟代理人 阿部與三郎

主文

本件上告は之を棄却する。

上告費用は上告人等の負擔とする。

理由

本件上告理由は上告代理人提出の末尾に添付した上告理由書記載の通りである。各論旨に對して次のやうに判斷する。

上告理由第一點に對する判斷

原判決の摘示する當事者間に爭なき事實によれば被上告人先代亡掛札吉治は昭和三年十二月三十一日死亡し、被上告人に於てその家督を相續したが、右吉治は大正十三年十二月二十七日子女の將來を慮り、自筆の證書を作成して後妻の子である上告大兩名に對し夫々「米四斗入五百俵入田地」を遺贈する旨を遺言しその遺言書を訴外佐藤ナカヨに保管せしめた。しかるに右ナカヨはその後昭和九年五月三日にいたり横手區裁判所において遺言書の檢認を受けたが、右遺贈は上告人兩名に對し相續財産中の田地の内夫々小作米玄米四斗入年五百俵を擧げ得べき部分を與へる趣旨で特定名義の遺贈ではあるが、その目的物が不特定であつたため昭和十年十二月四日訴外秋山薫一が遺言執行者に選任され、同人は昭和十一年六月十二日遺言の趣旨に從ひ、被上告人の相續財産から特定の田地を選定して上告人兩名に引渡したと云ふにある。

而して當時施行されてゐた改正前の明治三十一年法律第九號民法第千八十七條は遺言は遺言者死亡の時からその効力を生ずる旨を規定しているが、その趣旨は必ずしも遺言者の死亡と同時に遺言の内容が實現すると云ふのでなく、遺言が遺言者の死亡の時から、その意思表示としての効力を生ずると云ふに過ぎない。それ故遺贈の効果が遺言の効力發生と同時に物權的に生ずるか、或は又債權的請求權を受遺者に取得させるに止まるかは結局遺言と云ふ意思表示の効果の問題であるからこれを一様に斷定すべきではない。例へば特定物の給付を目的とする遺贈において、遺言者の意思がいづれの効果を生ぜしめるにあるか不明な場合には民法第百七十六條の適用上遺言の効力發生と同時に物權的効果を生ずるものと解すべきであるが(大審院大正五年(オ)第四九一號同年十一月八日判決參照)之に反し本件のような不特定物の給付を目的とする遺贈にあつては相續人は遺言者死亡の結果遺言の効力としてその不特定物を特定し受遺者に完全な所有權を移轉する義務を負ふと共に他面受遺者はその給付に對する債權的請求權を有するに至るもので、この種の遺贈の效果は純粋に債權的であると解すべきであり、從つて遺言執行者が相續人に課せられた遺贈義務の履行として目的物を特定した時に始めてその所有權が受遺者に移轉するものと考へるのを至當とする。これを一般の法律行爲の原則に照らして見るに、右遺贈における受遺者たる上告人兩名の權利は被上告人の相續財産といふ一定範圍の田地の内玄米四斗入五百俵の小作米を擧げ得べき部分の給付を求むるもので所謂限定種類債權と目すべきであるが限定種類債權も亦種類債權に外ならないからその特定の効果は將來に向つてのみ發生し既往に遡ることはない。尤も限定種類債權に對しては選擇債權に於ける選擇權の行使及び移轉に關する民法第四百六條以下の規定が準用されるのであるが(大審院大正五年(オ)第一〇八號同年五月二十日判決)限定種類債權にあつては給付の目的物は一定の範圍のものであつてその個性は何等顧慮すべきでないからこれについては特定の効果を既往に遡らしめる必要がなく民法第四百十一條は限定種類債權の特定の場合に準用されないものといはなければならない。要するに本件遺贈の目的物は遺言執行者秋山薫一が選定を了した前記昭和十一年六月十二日に夫々上告人等に所有權が移轉したものであるから、原審が同一趣旨の下に右所有權移轉の時期が遺言者掛札吉治の死亡の時であるとの上告人等の主張を排斥したのは正當で、原判決には、上告人等主張のような法令の適用を誤つた違法はない。上告人援用の大審院判決は特定物の給付を目的とする遺贈に關するもので、本件のやうな不特定物の給付を目的とする遺贈の場合には適切でない。結局第一點の所論は原審と異る見解を持してその適正なる判定を論難するもので到底これを採用するを得ない。

上告理由第二點に對する判斷

特定物の給付を目的とする遺贈と不特定物の給付を目的とする遺贈が同一の遺言書に記載してある場合にはその兩者を特定物の給付を目的とする遺贈として取扱い全部につき遺言者死亡の日から所有權移轉の効力を生ぜしめなければならないと云ふ法則はなく、原判決には上告人主張のような法令の適用を誤つた違法はない。上告人援用の大審院判決は上告人がその趣旨を正解せざるもので本件の場合に適切でない。要するに論旨第二點は上告人獨自の見解に基き原審が適法に爲した判定を攻撃するもので採用に値しない。

よつて本件上告を理由ないものと認め民事訴訟法第三百九十六條第三百八十四條第八十九條を適用し主文の如く判決する。

(裁判長判事 箕田正一 判事 大野璋五 判事 柳川昌勝 判事 渡邊葆 判事 薄根正男)

代理人前田龜太郎上告理由

第一點原判決は法令の適用を誤つて居る

大總遺言は死亡の日から効力を生ずるを法律上の原則とす本來からすれば人死して人格を失い居れば死後に効力を生ずる譯もないが法律が生前の効力を死後に認めたるに過ぎぬ故に遺言の効力を認めたるは法律の擬制とも見るべく從つて餘りに嚴格に解すべきでなく融通して解すべき餘裕あり本件中重要なるは本件遺言は不特定遺言か又は特定遺言にあるかで是れは嚴正の意味から見て不特定遺言であるに間違はない併し追つては確定すべき運命を持つて居るそれは遺言執行者が土地を選定すれば好いからである遺言書を見れば年々玄米四斗入五百俵宛生ずる土地とあるから同執行者は土地を選定すれば事足る丈である處が御院は社會的に見て遺言者死亡のときは特定して居らぬも追つて確定すべき可能性あるものは特定遺贈であるとの解釋を取つて居る(大正六年(オ)九五一號一二月一二日民事第三部民事録二三輯二〇九〇頁御院判例)此の見地から本件を見れば正に特定遺言である乃ち遺言者自己所有の多數の土地より玄米四斗入五百俵擧がる土地を選定するのであるから漠然たるものでない現實に即して居りて選定も容易に出来るし且つ土地だから通常滅失することもないから特定遺言として差支へない從つて特定の日から遺言の効力を生ずることになる果實取得權も遺言の日に遡るは當然のことであるのに原判決は之に反對して遺言執行者が土地選定の日よりなりとして居る是れは社會の實状に添はぬ解釋である結果より見ても然りだ本件の如き土地の選定長きに亙り受遺者は八年の長きに亙り一粒の米を得ることも出来ぬ状態となり追ては社會問題となるかも知れぬ尤も扶養すべき母があるけれども扶養を受くるものに財産がない場合に限らるゝ財産あれば其の限度を超えてのみ扶養を受くることになつて居るが不安を招かざるを得ず八年間も米を與へないのは人を助くる途でない法律の社會化は何處にあるか人が生きて居れば生存權がある此生存權を完くするのには食糧の必要がある食なくして生存は出來ぬ原判決の如き徒らに理論に即せず受遺者は生存を全くすることは出来ぬと云ふ悲劇を産む法律は理論に走りて人を殺すかと言ふことにある恐れざるを得ざる解釋となる要するに選定説は非常に不都合だから遺言者死亡の日より起算するを以て判例の精神に合致し且つ社會化的の解釋と信ずる

第二點原審は法令の適用を誤つて居る

總て物を解釋するには彼此れ對照して遺言者の意思を確むべきものと思ふ乃ち比較解釋が法律解釋の一方法である之れを本件に例れば遺言者は特定遺言と不特定遺言とを同一用紙に書いて居るが特定の方は遺言者死亡日より効力を生ぜしめ不特定の方は選定日よりと原審が解して居るがあやまつて居る遺言者には繼母の子四人あり(遺言者死亡の際ミヨは十八歳哲治は十四歳ヤスは十二歳フミは十歳の少女に過ぎぬ)然るに父は遺言に甲乙を附くべきものでないと思はるが不動産は特定して居らぬと言ふのでヤスフミは八年間受贈の米を得ることは出来ぬと解せば遺言者の意思にも反して居る遺言者は其子供によりて甲乙を附くべきものでないからである筆數を書かぬのは病體の遺言者に取りて非常に面倒で筆が落ちることもある故に五百俵入石と書いたに過ぎぬ此以外深い意味がない是れは御院判例でも將來確定すべきものなれば特定遺贈として死亡の日から効力を生ぜしむべきものと解したのは誠に相當である人生れて二、三歳後は米が必要なるに其の米を與へぬと云ふことは社會上矛盾で法律は人を助けず人を生かさぬと言ふことになる危哉法律は社會の法則で人を平等に取扱いするのは人道に則し人權尊重である法律の精神を無視し枝葉に取はれて大木を逸するは法律の取らぬことである飽迄社會の實情に則し社會と一致せしむ之れ法の本義である米國の方針を見るに自己の國民の食糧を制限して世界人類を助けんとするが如き鑒むべきなり

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